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絵本図書室ちいさいおうち(宮城県多賀城市)インタビュー

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お話:絵本図書室ちいさいおうち/佐々木優美さん
聞き手:Book! Book! Sendai 武田こうじ、前野久美子
2016年10月20日

みなさん、こんにちは。前回の年末対談(吉岡さん・前野・武田)の記事から、もう2か月・・・というか、今年ももう2か月が過ぎ・・・年度で言えば、もうすぐ年度末。今年度のB!B!Sの活動はイベントをやらずに、このサイトが中心ですが、それも1年が過ぎようとしています。そもそもいろんなことを感じ、考え、こうして動いてきたわけですが、それは必ず次の展開につながっていくと思っています。「来年度の話もしなきゃね」と前野さんと話しています。

その前に、多賀城に取材に行ってきました。新しい家庭文庫ができたのです。なまえは「ちいさいおうち」。ぼくの世代で家庭文庫と言うと、なんとも言えないなつかしさがあって・・・B!B!Sを始めてから、本の話をすると、たくさんの方が子どもの頃の思い出として、または本と出会った場所として、家庭文庫の話をしてくれました。

なので、いつか家庭文庫の話もしたいなぁと思っていたところ・・・多賀城に新しく出来たということで、お話を聞いてきました。

コーディネートは多賀城市市民活動サポートセンターのセンター長・中津涼子さん。B!B!Sのメンバーとしてもいろいろお世話になっています。彼女の案内で「ちいさいおうち」に向かいました。

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静かな住宅街にあって、毎週水曜日の開館で・・・正直言うと・・・普段イベントを企画したり・出ている自分としては、「ほんとうに来館する人いるのかな?」と失礼ながら、思ってしまったのですが・・・その辺りは、時間はかかっても、確実に、丁寧に、足を運ぶ子どもたちが増えてきているようで・・・こうした時間の流れ方や、関わり方にも教えられることが、いろいろある取材でした。

武:はじめられたきっかけはなんだったのでしょう?

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佐々木優美さん(以下・佐):8年前まで小学校の教師をしていたんですね。受け持った子たちも低学年が多くて・・・絵本はずっと好きで学生時代から買っていたのですが・・・教師の時に絵本を大人買いして(笑)、教室に置くようになったんです。そして、朝の会などで読み聞かせしたりしていたのですが・・・何年か前に、新聞に家庭文庫の草分け的存在の松尾文庫の30周年の記事が載っていたんですね。それを読んで、自宅でこういうことをしている活動を知って、いつか仕事を辞めたら、自分もできたらいいなぁと思ったんですね。

武:なるほど。

佐:年取って・・・いつか、やりたいなぁ、っていう夢ですね。現実性はあまりなかったのですが。

武:では、ご自分の思い出として、子どもの頃に家庭文庫に通っていた、ということではないんですね?

佐:はい。家庭文庫自体を知らなかったんです。

武:そして、教師をやめる時が来ると・・・。

佐:はい。2009年に早期退職するんです。親の面倒を見なきゃいけないというのがあって。

武:そうでしたか。

佐:でも、それは表向きの理由かな(笑)。ほんとうは、もういいかなぁみたいな気持ちもあったんです。

武:というと?

佐:学校ではなかなか自分のやりたいことをやることが難しく思えたんです。以前、朝日新聞のオーサー・ビジットを知って、その時2年生の子を受け持っていたので、五味太郎さんを呼んでみたいな、と思ったんです。結果、抽選でダメだったのですが、それを実現したいと思っても、学校の中だといろいろ手続きが大変で・・・私は偏屈だから(笑)、結構言いたいことを言っていた方だと思うのですが、やはり学校だとなにかやりたいと思っても、実現するのは難しいなぁと思いました。

前:そうなんですね。昔はもっと自由だったんですか・・・?

佐:そうでしたね。先生方の個性を生かす場面もありましたね。

前:やはり、お仕事としてはすごい忙しいのですか?

佐:そうですね。仕事量がとにかく多くて・・・しかも、それが子どもに還元できるものならいいのですが・・・もちろん、仕事というのは、そればかりではなく・・・以前はそれでも学校に意見を言える感じはあって、それが反映されたりもしたのですが、最近は自分の考えを言っても「一応ご意見としてうかがっておきますが、この方向でやってください。」で終わってしまって、意見もだんだん言わなくなっていってしまったんですね。そういうフラストレーションがたまっていきました。

前:そうなんですね・・・。

佐:そんな流れで、主人に相談したら、親の介護が必要だったこともあり、「やめていいよ」と言ってくれたんです。

前:すんなりやめれたんですか?

佐:そうですね。私が言いたいことを言っていたのもあってか(笑)「やめます」「わかりました」という感じでした(笑)。

一同:笑

佐:ただ、もちろん、これは私の側の話ということでもありますよね。どっちの立場にも考えはあるだろうし。

武:たしかに、そうですね。でも、実際息苦しくなってきているような気はします。ぼくが子どもの頃の学校の話とかすると、今の子たちは信じられないんじゃないかな。

前:たとえば?

武:野球の日本シリーズを授業中に見た記憶がある(笑)。

前:私も百恵ちゃんの結婚式見た記憶がある(笑)。

武:今、そんなことやったら、炎上だね(笑)。

一同:笑

武:辞められてからはすぐ動き出したのですか?

佐:2009年の3月に辞めたのですが、母が寝たきりで・・・私、実家が石巻なんですね。それで、平日も通って・・・やりたいって思っても、実際に動くって難しいですね・・・本もここには置けなくて、レンタル倉庫を借りて、置いているような状態だったんです。

前:そうですよね・・・締め切りがないというか・・・いつ始めていいかわからなくなる。

佐:はい。そんな感じで2年が過ぎてしまったんですね。だけど、2011年のお正月頃に「いよいよやるぞ」ってリフォームしていたんですね。そして、99%出来た頃に震災が起きて・・・母が海の近くだったので亡くなってしまって・・・。

前:そうだったんですね。

佐:それで、やっぱりバタバタして・・・しかも、レンタル倉庫も水を被ってしまって、本が半分くらいダメになってしまったんですね。

前:えっ。

佐:床上50cmくらいだったので、上に置いてあったのは大丈夫だったんですが。「あー」って思っていた時に・・・私、新聞に縁があるのか・・・震災の次の年、2012年の1月の新聞で塩釜の長谷川さんという方の記事が載っていて、自宅が被害にあって、本もダメになってしまっているけど、全国からの支援で塩釜で文庫を開くというのを見て・・・長谷川さんという方は宮城県のいろんなところでいろんなことをやっている方なんですけど・・・こんな近くにも同じようなことを考えている方がいるんだと思って、長谷川さんに連絡を取って・・・そうすると、なんだろう・・・同じ志を持っている方と話していると動くんですよね。

前:そうですよね。

佐:それで、長谷川さんも2012年の12月に塩釜の自宅で「海辺の文庫」というのを開くんですね。そして、その手伝いをしながら、「じゃあ、私も」ってなって。

前:お手伝いをしながら、やり方もつかんでいったんですね。

佐:そうですね。長谷川さんも顔の広い方で、いろいろな方を紹介してくれて・・・松尾先生の高校の教え子でもあったんですね。それで、憧れの松尾文庫にも連れて行ってもらったりして。

前:一気にいろいろ動きだしましたね。

佐:はい。それで、2013年の4月から、開きました。

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武:先ほど、同じ志を持ったもの同士で、いろいろ学ぶことがあったと仰っていたのですが、どんなやりとりがあったのでしょう?

佐:そうですね、具体的なノウハウというよりは、考え方だったり、想いを伝え合ったりしている感じでしたね。また、私はずっと仕事をしてきて、地域のつながりとかはわかっていなかったのですが、長谷川さんは塩釜でずっとやってこられたから、そういうことの大切さも教えてもらいました。

武:ご主人やご家族はどんな感じでしたか?

佐:そうですね・・・主人は一人が好きな人なので、自宅に不特定多数の人が入ってくるのは、嫌がると思っていました。ただ、リフォームする時に「こんなことがしたい」って話したら、反対はされなかったですね。そして、始めたら意外にもすごく協力的で・・・。

中津涼子さん(以下・中):この前のイベントの時も大活躍でしたよね。

佐:そうなの、そうなの。そこは、すごいイイ誤算だったんです(笑)。

一同:笑

佐:あと娘が二人いるんですけど、上の子は塩釜で保育士していて、今は育休中で、友達連れてきてくれたり、イベントの時も手伝ってくれたりしています。

前:いいですね。

佐:下の娘も仕事しながら、あちこちでチラシ配ってくれたりしているので、家族的にはすごい恵まれています。

前:ご家族の協力は大きいですね。

武:子どもたちの利用状況はどうですか?

佐:それが一番の問題です・・・そうですね・・・多くて10人、来ないかな・・・5、6人来ればいい方かな。なんて言うのかな・・・チラシだけで、知らない家に来て、チャイム鳴らして、玄関から入るっていうのは、難しいことだと思います。だから、人が人を呼ぶのがいいのかな・・・一度来た人が「こういうところあるから、行かない?」って言うのを期待しているんですが、なかなか広がらないかな・・・。

武:そもそも、今は気軽に他所の家に遊びに行ったりしなくなりましたもんね。

佐:そうですね。あと、習い事とかで子どもたちも忙しいですしね。そんな中、多賀サポのイベントに呼んでもらって、チラシを配ったりして・・・あと、ブログもがんばって更新して、少しでも中の様子がわかってもらえるといいのかなと・・・私もマメにいろんなことをやれればいいのですが。

中:多賀城は子育て世代が多いんですけどね・・・。

佐:ただ慣れてくると、自分の居場所として来てくれる子がいるんですね。親でもなく、先生でもなく、近所の大人に会うって感じで。本を読むのも大事ですが、そうして来てくれるのも大事だと思っています。

前:佐々木さんは子どもたちが来ている時はどうしているんですか?

佐:小学生だと自分で読めるので、そういう時は私も本を読んでいたりして、まだ本が読めない小さい子だと読んであげたり、おはじきとかで一緒に遊ぶ時もありますね。

武:そういう話を聞くと、一人一人と関われる大切さがあるのかなと思います。さっき、10人は来ないって言っていましたが、逆にそうして増えていってしまうと、その関わり方もできなくなってしまうのかなと思いますね。

佐:たしかに、それはありますね。たまに、ドドドってたくさん来る時があるんですが、それはそれで対応ができない感じもありますね。

前:滞在時間はどれくらいですか?

佐:小学生だと学校終わってから来るので、3時30分頃来て、だいたい30分から1時間くらいかな。

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武:それでは、ちょっと角度を変えて質問しますが、多賀城という街、地域性をどう思いますか?

佐:(ちょっと考えて)うーん、そうだなぁ・・・私も含めて、発信が少ない街だなぁと思いますね。私も長谷川さんや多賀サポを通して、いろいろわかってきたように、ただ暮らしているだけではわからないことがあるなぁと思いますね。

前:いろいろな人はいるんだけど、なかなか見えにくいってことですかね?

佐:そうですね。いろんな人、いますね。だけど、見えにくい。

前:それが見えてきて、やっている側と求めている側が重なっていくとイイですけどね。

武:多賀サポでは、それは感じているの?

中:そうですね、発信したがっている人も、情報を欲している人もいますね。多賀サポもブログをやっているんですが、街のイベントとかでも載せると、すごいヒット数があがるんですよね。だから、もしかしたら、そもそもの情報が少ないのかなって思ったりもしますね。

武:多賀サポ自体にまずは来てもらいたいよね。

中:そうなんですよね・・・なので、コンビニとかスーパーとか、そういうところにもチラシとかを置いてもらっています。

前:それ、いいね。

中:佐々木さんも情報誌を見て、来てくれたんですよね?

佐:そうです。ハチミツ屋さんで見て、行きました。仕事している時は多賀サポさんを知らなかったんです。

前:そうなんですねー。ここに来る時は登録が必要なんですか?

佐:はい。震災みたいなこともあったので、親の連絡先も含めて、名簿がありますね。

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武:今後はなにかやってみたいことはありますか?

佐:そうですね・・・とくに大それたことはないんですが・・・イベントはいつも冒険で・・・開いた年の12月にクリスマス会をはりきってやったのですが、2人しか来なくて、主人がサンタになって2階で待っていて、長谷川さんも読み聞かせで来てくれたんですが、大人の方が多いってことで・・・すごいショックで、イベント恐怖症になったんです。でも、いろいろ考えていても、仕方ないって思って、またやって、次の年のクリスマス会は10人くらい来て、ちょっと勇気が出てきて、また次のイベントも企画するようになって・・・年に何回かイベントをやりたいなって思います。でも、やはり淡々と開け続けることが大事かなと思います。大それた夢では、小学生が大人になって、自分の子どもが生まれた時に来たら「まだちいさいおうちあったの!」というのが一番の夢ですね。


「本と町と人」をつなぐ雑誌『ヒトハコ』創刊について

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「本と町と人」をつなぐ雑誌『ヒトハコ』創刊について
                          武田こうじ

一箱古本市をきっかけに町と人がつながることを伝える・考える雑誌『ヒトハコ』が創刊されました。
近年は「この町でもやっているんだ!」と思っていると、それがどんどん増えていって、いつの間にか、全国いろいろなところで開催されるようになった一箱古本市。本書は一箱古本市を企画、開催し、それを各地に広めていった南陀楼綾繁さん(B!B!Sも大変お世話になった方です)が中心になって作られています。

一箱古本市がどうして、人を魅了するのかが、よくわかる内容で、読んでいて「たしかに自分にもこういうことがあった」とか「参加者の人たちは、そこを楽しみにしていたのか」といろいろ発見・再確認できるのですが、やはり興味深いのは本書のテーマにもなっている、一箱古本市がそれぞれの町のイベントになっていくことが、いろいろな角度から書かれていることだと思います。当たり前のことなのかもしれませんが、一箱古本市は参加者一人一人によって、作られていて、まさにそこが「自分たちの町のイベント」になっていく大切なポイントだと、改めて思いました。

B!B!Sも、一箱古本市にはとても思い入れがあって・・・逆に思い入れが強すぎて、いろいろ悩み、ストップしてしまったのですが、本書の中では前野さんが高松の「海の見える一箱古本市」を主催する佐藤友理さんとメール対話として、その経緯を綴っています。

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「今年、ほんとうにやらないの?」と問い合わせがあったり、「B!B!Sは終わったんですよね?」と言われたりするのですが・・・たしかに、今のB!B!Sは地味でなにをやっているのか見えづらいかもしれませんね。だけど、このメール対話を読んでいただけると、今のぼくたちの気持ちややりたいことがちょっとでも伝わるかなぁと思います。仲間のことを褒めるのは、気持ち悪く思われるかもしれませんが、前野さんがとても丁寧に思いを書いてくれています。ぜひ、このメール対話は読んでいただきたいと思います。よろしくお願いします。

    

    LINK  
    
    『ヒトハコ』webサイト
    http://hitohako-magazine.wixsite.com/hitomag

    『ヒトハコ』ブログ内・取扱店一覧
    http://hitohako-mag.hatenablog.com/entry/2016/10/29/153758

    


石巻まちの本棚/インタビュー

今年で5回目の開催になる石巻の一箱古本市。主催はこの後、対談がUPされる「石巻まちの本棚」です。
対談の前に・・・一箱古本市に参加してきました。

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さすがに5回目ということで、出店者も参加者も慣れているというか、イベントの楽しみ方を知っている感じで、震災後の街でなにができるか、なにが必要かをスタッフがいろいろな視点で考え、実践しているのが伝わります。今回も本を探しながらにして、街全体を味わうことのできる配置など、いろいろと考えられていました。

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また、いろいろな形でイベントに関わっている人がいました。

(↓写真は移動書店のペンギン文庫と朗読の流し(!)です。

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この後の対談を読んでも思うのですが、今までやってきた実績はやはり大きく、また現地のスタッフと東京のスタッフの視点がうまくブレンドされているところが魅力だと思います。前回UPした南三陸ブックスのみなさんとはそのあたりがイイ意味で違っているのかなと。

南三陸ブックスの方は、まず自分たちが集まる場をつくろうとしていて、規模も活動ペースもそこが基本になっていると思いました。なので、呼びかけ方もまずは南三陸の方たちに向けています。対して、石巻まちの本棚の方はイベントや活動の視野をなるべく広く持とうとしていて、いかに外に向けて発信していけるかをポイントにしていると思いました。もちろん、これはどっちがイイという問題でもなければ、あくまでぼくの感じたところでもあり、正直に言って、どちらにも魅力を感じています。

というのも、震災後の街ではさまざまなイベントが企画され、さまざまな形での活動が続けられています。それは、今まであったものが欠けてしまって、これからどうしていくか、というスタートがあり、そこから現地の人たちと新しく関わってきた人たちがどうつながっていけるか、という問いかけがあります。これはいろんなところで課題としてあげられていることですが・・・そうした場に関わっていくと、今までの過程とこれからのことを、お互いの立場を尊重したり、受け入れたりしながら、対話し、整理していくことの難しさと大切さを考えさせられるからです。

B!B!Sはこうしたこともふまえ、いろいろな団体や活動を紹介しながら、そこでの対話を街の大きさやコンセプトなどが全然違う場にあえて届けていこうと思っています。

それでは、今回は石巻まちの本棚と前野久美子の対談をお楽しみください。

武田こうじ

◇      ◇      ◇      ◇

石巻まちの本棚インタビュー

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お話:石巻まちの本棚/勝邦義さん、阿部史枝さん
聞き手:Book! Book! Sendai 前野久美子
2016年6月25日(土)

─『石巻まちの本棚』としての成立ち等はいろいろな場でだいぶ話されていると思うので、今日は現実的なところをお聞きしていきたいと思いますが、石巻または、他の場所で、もし本屋あるいは本のあるスペースを作っていこうという人がいたら、『石巻まちの本棚』の経験がきっと参考になると思うので・・・まず今のシステムを教えてください。

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阿部:土日月と、今は、一箱古本市もあるので水曜の夜も、開けています。夜やっていると、仕事帰りの人も訪れます。土日は来れないという人もいるので、7月以降も夜やっていくのもいいかなと思っています

─来る層は、常連さんが多いですか?

阿部:常連さんもいます。あと、土日開いていて・・・街中にあるという事で・・・旅行者の方も多いです。知らないで入ってきて、『ここは本屋さんなの?・・・何なの?』みたいな感じの人もいますね。

─そういう時、なんて答えるんですか?

阿部:図書室みたいなものですって言ってますね。ここで読むこともできるし、貸出しもしてて、あと、今は(販売用の)古本も出してて、場所で分けてるんですね。なので「店内にある本はここで読んだり、貸出しをしていて、外に出ている本は販売してます」という風に言っています。旅行者の方も、意外とあがってきて本を読まれていきますよ。

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─その時に店番してる人は、会話っていうか接客はどのくらいするんですか?

阿部:基本的に私はあまり話しかけないです。すぐ出て行く人もいますが、しばらく本棚を見ている人にも「ここで読めますよ」くらいの感じで。あと「石巻の方ですか」とか。

<ここで勝さんが合流>

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勝:この間、大阪でマイクロ・ライブラリーってサミットがあって行ってきたんですけど。

─あっ、行ってきたんですね。

勝:はい。関西の本のあるスペースの方たちがたくさん集まっていて、互いのノウハウとかを交換したりするサミットで、そこで走り回ってる礒井(純充)さんって人がいて・・・東京六本木にある森ビルの文化事業「アカデミーヒルズ」を立ち上げた人ですけど・・・本がある小さいスペースをつなげまくってるっていうか。街なかに小さい居場所がいっぱいあるといいねっていう。そんな各地の本に関する活動を横つなぎしている人です。

─コミュニティスペース的な要素が大きいのかな。その役割として、本が有効、という感じでしょうか。今、まちの本棚は3年でしたっけ?

勝:そう、2013年にできたから。

阿部:丸3年です。

─作る段階で想い描いていた感じと、3年やってきて街の反応とかまわりの状況とかで見えてきたものなどもあると思いますが・・・最初は思ってもいなかった事などはありましたか?

勝:展覧会、企画展などをやるとは、最初、思っていなかったですね。

─展覧会を開催する効果などはありますか?

勝:あると思います。そこから足を運んでくれるようになった人もいますし。

─展覧会をやっている時とやってない時は違いますか?

勝:展覧会などをやっていない時は、結構のんびりしてますね。

─石巻の街が、ちょっとの間にまた活気が出てきてますよね。この近くにも建設中のマンションかな・・・できてきていますよね?

勝:公営住宅ですね。あと、高齢者の施設と地域の特産品、生活用品を集めた生鮮マーケットができる予定です。

─石巻って、インディペンデントというか、個人がアクションして何かできそうな町という気がします。

勝:うん、うん。

─そこが仙台と違うような・・・仙台だと無理だけど宮城県のほかの街の石巻とか気仙沼とか塩竈とかだったら可能かも・・・というのが、あると思うんですよ。そして、そういう時に何が一番難しいのかと言えば、もちろんお金は一番ネックなんだけど・・・それは分かりきってるから置いといて、あとなんでしょう・・・難しいこと、問われることはなんでしょう?

勝:(しばし考えて)…本力(ほんりょく)じゃないですか。

─本力?なに、本力って?(笑)

勝:(笑)本のちからを信じるところから始まるんじゃないかと思います。
本が人をつくり、その人たちがまちをつくるという、直接的ではないけれども、人を動かす力や人に力を与えてくれる。たかが本ですが、されど本。長い目で本がある場所の可能性や本のもつチカラを突き詰めていくのが重要なのではないかと思います。そうすると、地域に本がある場所があってよかったという状況を、本を読まない人まで実感してもらい、広く知らしめるということにつながります。それはある規模のまちの方がやりやすいかもしれません。

─いま、本のあるスペースを作ろうと動いている方がけっこういるんですが・・・やるのは決めていても、オープン寸前で止まってしまうことがあったり。

阿部:何でだろう。

─本が好きで始めようとしているんだけど、運営していく事と本が好きという事は別の問題で。スペース作りっていうのは、不透明で未知の事で、誰が来るかわからない、どうなるかわからない、ということに向き合っていくことだから、店舗の物件選びでも、複数の物件を比べた時に、判断の基準が作れない・・・そこが、見てて難しいのかなって感じる。そういうところを超えられると、いろいろできると思うんだけど・・・。

勝:石巻は小さい町だから打てば誰か響くだろうっていうのはあります。まぁ小さい町って言っても15万人いるから、そんなに小さくもないですけどね。

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─まちの本棚でものごとを決めるっていう時にどういう合意の仕方で決めてますか?

勝:月に一度以上運営委員会を開催し、東京からの運営メンバーもインターネットを通じて参加します。そこで企画の立案から、実行までに必要なプロセスを考えていきます。 基本的には発案者が企画の推進に関しては、引っ張っていくことになりますが、実現にむけて役割分担します。

─本は、仕入れできそうなんですか?

勝:今のところ、東京にいる丹治さん、南陀楼さんに頼ってて・・・(丹治史彦さん・南陀楼綾繁さん=「一箱本送り隊」の中心人物。丹治さんが「隊長」)、寄贈本に多くを頼っている状態もあるので、どうなのかなって…

─やるなら買い取りしないといけないですよね。

勝:本が仕入れられないと先細りですからね。

─ただそうなると商売色が強くなるから、まちの本棚として、どこまで本屋になるのかっていうのが問われちゃうと思います。本屋なのかそれともそうではないコミュニティスペースの公共性、公共施設の方へ行くのか・・・

勝:小さい経済で回していく事業体であるべきだとは思っていて、で、公益的な部分で皆からお金を集めるっていうのは間違いない部分ですね。

─じゃあ、土台は事業体で、ちゃんと成り立ってる、採算が取れてるっていう。

勝:取りたい。

阿部:取りたいですよね。

勝:『出』も少ないけど、やっぱり『入り』も少ないので、厳しいですよね。ひと月のランニングコストが10万円なんですよ。家賃、人件費、お店番の手間賃も含めて。

─ネットでの通販を行なえれば、成り立たせられますね。

阿部:ただ、問題は選書ですよね。

─イメージしている、先行する例などはありますか?

勝:貸本屋はいいな、と思いますね。現状は、登録制で、最初に登録料いただくんですが、貸出しは無料。

─それは市外の人でもいいんですか。

阿部:はい。

─返却は郵送でもいいの?

阿部:はい。

─ちょっと俯瞰してみると、まちの本棚は、一番に何がしたいのか、何をメインにスペースを作っているのか、見えにくいかもしれません。

勝:石巻において、本文化、出版文化の底上げをしたいというのがあります。それがあるから、『本の教室』(2015年スタートのシリーズ企画)を始めたりしています。石巻全体で底上げがされるのであれば、うちが引き受けなくてもいい部分もあって。例えば、『本の教室』でのブックカフェ講座を受けて、いろいろな人が自宅の一角をブックカフェにしたりとか・・・そんなのが街なかで3つも4つもできたら、それはそれでまちの本棚の目標は達成できるかなと思います。

─それは、面白いですよね。

勝:あと、石巻の事を書こうとしている人は応援したい。作家になりたいっていう人は結構いて、図書館より自由度があるまちの本棚が応援できればイイかなと思います。
僕的には、まちの本棚が大きくなっていく事よりは、年間120万円の維持費で回しながら、公益的なことができれば、それがいいかなというのがあるんです。

─うん、うん。

勝:あと今やろうとしているのは、書架貸しの事業。町の小さい本がある場所に、本を提供するっていうのを、企んでいるんですね。

阿部:書架貸しは、需要ありますね。話すと『いいですねー!』って言われます。

勝:例えば病院の待合室。結構石巻って開業医多いんですよ。総合病院に行くよりも、個々の開業医に行って、何時間も待って診察するんですよね。そういうところに月契約で書架貸しをしたい・・・あとはカフェとかも。

─本って、マニュアル化できないっていうか。大事なのはお客さんがここに来ていい気分になることだと思います。

阿部:私、本当に本読んでこなかったので…。

─それは自分のペースで本と仲良くなっていけばよくて・・・ディープな人も周りにいっぱいいるわけだから・・・力を借りて、病院の待ち合い室とかの書架を作って、それで力を借りてやっているうちに、自分も力を付けていけばいいんだと思います。あと、本も一回納品したら終わりじゃなくて、やっぱり傷んでくるから・・・定期的に手入れしないとね。史枝さん、勝さんの選書棚はないんですか?

勝:ないですね。

阿部:ないけど、最近は、利用者さんとか、スタッフの人とかに箱一つ分作ってもらったりしています。作ってくださいっていうと、やってくれる人もいます。

─今日、南三陸ブックスのオープンの日なんですよ。

勝:そうそう。

─どうでしょうか

勝:前身の『さんさん館』の図書館が、時が止まったままでしたから、動き出すといいですね。

─そうして新しい動きが出ていく中で、成り立たせていくのは大事だけど、採算が取れてるかどうかだけで語られたくないな、っていう気もどっかにあって。

勝:そう、そうです。

─で、さんさん館みたいな話聞くと、絶対あった方がいいじゃないですか。必要もあると思うし。ビジネスにならなくたってその場所がある事がどれだけ意味があるかっていうのはね・・・収益だけで測れない。あまりいい条件じゃない所でやるっていう事とどうやってるのかっていうのを皆聞きたいんじゃないかな。

勝:石巻は、街なかに本屋が無くて、本の話をしたい人は大勢いると思うんだけど・・・そういう人の力を借りて、自分達の手で自分達の場を作っていくということができればいいのかな、と思いますね。

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─あと、やっぱり、やってて面白いからやってるんだよね。

勝:うん。

─その面白さって、言葉で言えます?

勝:本を読むことで世界が広がるという感覚は誰でも経験したことがあるかもしれないけれど、その感覚を誰かとシェアすることで、さらに世界が広がるみたいな感覚が面白さにつながっていると思います。

阿部:しみったれた話していいですか?(一同笑)私自身はまちの本棚どうこうよりも自分のことでいっぱいいっぱいで、最近やっと、周りが見えるようになってきて…良かったです(一同笑)。

阿部:私は本当に本読まなかったので・・・震災の後に南陀楼さんにインタビューされた時、震災後どんな本が読めたかというような質問にも、全然、読みたい本が無かった、音楽も、聞きたい音楽が無かったと答えていて・・・。でも、本が無いと生きていけない、音楽が無いと生きていけないっていう友達もいるから、そういう人はこういう時何が欲しいんだろうとは思ったりして・・・だけど、私自身は、何もいらない。ってなってたから、出てこなくて・・・。だけど、まちの本棚に関わるようになって、本とか教えてもらってくると、単純に知らなかっただけで、本当は私こそ、本があると良かったんだろうなって思ったりしました。

─なるほど。

阿部:あと私が高校生だった時に、まちの本棚みたいな場所があったら、どうだったかなあ、なんて思ったりもします。

─それ、すっごく大事なことじゃない?よく「潜在的な読者」って考えるんだけど・・・本が好きになる可能性があるのに、出会ってないだけっていう人って結構いると思うんだよね。でもそういう人はネットでも検索しない。だけど、イベントや場所の存在によって、そういう人が本と出会っていければいいなぁと思っていて・・・だから、史枝さんの様な存在が大きいような気がします。

【リンク】

石巻まちの本棚 webサイト
http://bookishinomaki.com

ISHINOMAKI 2.0 webサイト
http://ishinomaki2.com

一箱本送り隊 webサイト
http://honokuri.exblog.jp

【メモ】

webサイト「地元びいき」にて
石巻まちの本棚のスタートの経緯などが
紹介されています。
↓ 該当記事はこちら
http://jimoto-b.com/3950