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INTERVIEW
本はぜんぶ本物であること、
それが本を好きな理由の
一つかもしれません。
建築ダウナーズ 吉川尚哉 さん
聞き手:前野久美子・武田こうじ(Book! Book! Sendai)
写真:和泉求(Photo&Design IZUMIYA)

Book! Book! Sendaiでは、人と「本」がどのように出会い、「本」がその人の暮らしの中で、どのように存在してきたのか、さまざまな人と本棚を訪ねて、お話を聞くシリーズを始めます。
本屋で、図書館で、古本市で、インターネットで、本がだれかの元へたどり着いてからどのような時間が流れていったのか。あるいは、その後どこかへ行ってしまったのか。そんな「本の明け暮れ」についての語りを集めたら、人や街の生活史が見えてくるのではないかと考えました。それを「せんだい本の生活史」と名付けて、インタビューをおこなっていきます。

第二回は、仙台市に活動拠点を置くデザインチーム「建築ダウナーズ」のメンバーで、書店を始めることも計画している吉川尚哉さんです。吉川さんは2024年に話題になった書籍『アニメオタクの一級建築士が建築の面白さを徹底解剖する本。』やせんだいメディアテークのリーフレットのイラストを担当するなど、イラストレーターとしても活動しています。吉川さんの人生と本との関りはどのようなものだったのか、お話しいただきました。

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子供の時の記憶は、兄の影響でマンガを読んでいたことです。とても印象に残っています。はじめは漫画雑誌の『コロコロコミック』でした。兄と僕の部屋に勉強机が2個並んでいて、足下に棚があって、そこに『コロコロコミック』を並べていました。兄が買ってもらったのを見て「自分も欲しい!」とねだったんだと思います。親には「二人で同じ号を買うのは勿体無いから、交互にしなさい」と言われて、毎月交代で買うことになり、それをお互いの机の下に並べていました。月刊誌なので、一か月の間に何度も読み返していましたね。
小学校の高学年ごろだったと思いますが、ある日、兄が『ONE PIECE』の単行本を買ってきました。『コロコロコミック』や『週刊少年ジャンプ』などの漫画雑誌ではなく、単行本を買ってきたことが、印象に残っていますね。作品自体のインパクトもありましたが、それよりも自分のお小遣いで単行本を買って集めるということが、なんかいいなあ、と感じました。真似して自分も『テニスの王子様』や『金色のガッシュ!!』を買い始めたことを覚えています。

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ぼくは岩手県盛岡市出身なんですが、市の中心部から少し離れた松園という北の方にあるニュータウンで育ちました。父が高校の教員だったので教員用のアパートに住んでいました。松園には本屋さんがなかったので、本を買えるのは、生協の2階にある広めの本コーナーでした。母が買い物をしている間、そこで本や雑誌を立ち読みして待っていましたね。

それと、当時は盛岡の県営野球場の近くに結構大きい店舗の〈東山堂書店〉があって、父が授業で使う教材用の本を買うのについて行っていました。好きな本を買ってもらえることもありましたが、広くて色んな本が置いてあるので、手に取らなくてもウロウロ歩き回って表紙を眺めているだけでも楽しくて、その書店には椅子もあったので、座ってじっくり読むこともできました。

小学生の時はそんなに本をたくさん読む方ではなかったと思うのですが、一つ印象に残っている思い出があります。高学年のころ、ある日図書室で、江戸川乱歩の少年探偵シリーズという全20巻ぐらいのシリーズを見つけました。読んだらとても面白くてハマってしまい、だけど学校の図書室には4巻までしかない。本の後ろのページを見ると、シリーズは20巻まであると書いてあるので、一生懸命探したんですが、やっぱりなくて、担任の先生に相談しました。そしたら、「図書室の担当の先生に直接言った方が良い」と言われてしまったので、図書担当の先生にお願いしに行きました。どうしても続きが読みたいんです、と。そうしたら、「学校の予算もあるし、買えるかはわからないけど、とりあえず希望はわかった」と言われて。どうなるのかなあと思っていたら、次の月くらいに図書室に行くと全部そろっていたんです。とてもうれしくて、そうか、言ってみるもんだなと。
そのときは、図書室の新刊コーナーに新品の江戸川乱歩が20巻まであるから、みんな「なんだこれ」とすぐに見つけて、思いがけず流行ってしまって、なかなか借りられなくなりました。あとで先生にお礼を言いに行ったら、先生もはじめてリクエストがあってうれしかった、と言ってくれました。

あとは、BLUE BACKSの『算数パズル「出しっこ問題」傑作選』を父が買ってきて、問題を出してくれて、ぼくと兄が答えて遊んだことがありました。数学の本も居間に置いてありましたね。『フーリエの冒険』とか。冒険というタイトルだから開いてみたら、数学の本で、全く意味がわからない。でも表紙がかわいいので、なんか覚えている、みたいな。今思い返すと、父はそうやって自分の仕事に興味を持ってほしかったのかもしれませんし、あるいは、家が狭かったので、ただ置き場所がなかったのかもしれません(笑)。

中学生の時は、あまり本を読んでいないかも。発売日を気にしていたのは、『週刊少年ジャンプ』と『ハリー・ポッター』くらい。ソフトテニス部に入って、部活を一生懸命やっていました。高校生になってからは文庫本で小説を読んでいました。高校までは自転車で40分くらいかけて通学していたのですが、雪が積もったらバスで通ったので、その時に本を読んでいました。
その頃、父が新幹線通勤をしていたのですが、父は、当時流行っていた宮部みゆきとか伊坂幸太郎とかの小説を一関の〈北上書房〉で買って通勤時間に読んでいたんですね。父は読むのが早くて、どんどん居間の本棚の本が増えていくので、その中から適当に読みやすそうなものを拝借して、学ランのポケットに入れてました。本が好きだったのもありますが、携帯電話がいわゆる定額制ではなかったので、ずっとは見ていられず、かといって単語帳を開くほど勉学に熱意も持てず、暇つぶしにちょうどよかったんですね。

高校の時のことでいえば、受験の時に東日本大震災が起きました。ぼくは千葉の大学を受験したのですが、後期試験の前日に地震が起きました。
千葉で電車に乗っていたら、突然、車両が倒れるんじゃないかと思うくらい揺れて、電車が止まりました。なにが起きたのだろう?脱線か?と思っていたら、誰かがワンセグをつけて音量を大きくして、周りの乗客にテレビの音声が聞こえるようにしてくれたので、それを聞いて状況を理解しました。ぼくは携帯で被害を調べてみたのですが、岩手の詳しい状況はわからない。そうしたら、父からメールが来て「とりあえずこっちは母さんも婆ちゃんも大丈夫だから」と書いてありました。それは良かったのですが、ぼくは千葉だったので、これからどうしようかと不安でした。
いま思えば、ありえないのですが、あの時は事態の深刻さがわからなくて、明日も予定通り後期試験があるのではないか、と思っていたんです。それで、数時間車両に閉じ込められていたあと、電車から降ろされ、線路を少し歩き、周りの人の流れに沿って、駅まで歩いていたら、偶然同じ高校の友だちに会いました。話をしたら同じ大学を受けるというので、明日一緒に行こうということになり、その日は、近くの避難所で夜を過ごしました。試験の中止や延期の情報が出ていないか、避難所でも調べていたのですが、そのうちに携帯の充電もなくなってしまいました。
それで、次の日の朝、運転を再開した満員電車になんとか乗って、大学の最寄り駅まで行ったら、改札に「試験は延期」と貼り紙がしてありました。そうしたら一緒に行った友だちのお父さんがその駅まで迎えに来てくれていました。ちょうど仕事で千葉に単身赴任していて、その時のぼくたちの行動を予測して。きっと風呂も入っていない、なにも食べていないんじゃないか、と思っていたみたいで、家まで連れてってくれて、おにぎりを握ってくれていて、友だちと一緒にそれを食べて、ちょっと泣きました。
その後は、兄が埼玉の大学に通っていたので、ぼくは兄のところに行き、2週間くらいそこで過ごして、そのうちに高速バスが再開して、盛岡に帰ることができました。結局、大学の試験はそのままなくなってしまい、センター試験の成績だけで合否が決まることになり、不合格。一浪することになりました。現役の時はプロダクトデザイナーになろうと思い、デザイン学科を志望していたのですが、震災後で建物や都市のことにも興味が出てきて、建築学科に行こうと思うようになりました。

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それで翌年、東北大学の建築学科に合格したのですが、それを高校の美術の先生に報告しに行ったら「東北大の美術部に面白いやつがいるから」と勧められて、美術部に入りました。それが高校の同級生で、いま建築ダウナーズを一緒にやっている菊池聡太朗くんです。クラスが違ったので高校時代は彼をよく知らなかったのですが、とにかくとんでもなく絵がうまい。菊池くん以外にも、精力的に作品を作る先輩がたくさん居て、かっこいいなと思い、ぼくも絵を描き始めて、1、2年生のころは部活ばかりやっていましたね。

大学4年生の時に研究室配属で五十嵐太郎さんの研究室に入ります。そこで、本を本格的に作る仕事の手伝いをすることになりました。五十嵐さんが監修する本の脚注を書いたり、研究室で制作する成果物の図版作成をしたりしました。文章については、限られた文字数で多くの情報を入れる工夫や、新たな視点での考察が求められるなど、大変でしたし、お手伝いしたのは本ができるまでのほんの一部でしたが、とても勉強になりました。
五十嵐さんは、ゼミの中で「建築を学ぶには読書と旅が重要です」と話をしていたので、長期休みには、実際の建築を見て回るようにしました。休学してドイツに行き、現地の設計事務所でインターンをしたり、ヨーロッパの建築を見て回ったりもしました。読書でいうと、工学部の図書館で見栄を張ってたくさん本を借り、それを抱えてキャンパスを歩いていましたが、実際は半分も読めずにそのまま返却していました(笑)。

五十嵐さんは、建築批評家といって、本を書いたり、展覧会のキュレーションをしたり、審査員をしたりして、建築の価値や見方を人々に伝えたり、それを歴史の中に位置付けたり、建築のおもしろさを多くの人に届けたりする仕事をしていると思うのですが、最近、自分が仕事で本を作ることに関わった際に、そういうところも影響を受けているなと感じています。

また、大学生の頃に読んだ本でいえば、青木淳さんや山本理顕さんなどの建築家の本や、坂口恭平さんの本にも刺激を受けていましたが、友だちに薦められて読んだ、ピースの又吉さんやオードリーの若林さんなどの芸人のエッセイも好きでしたね。それまであまり読んだことがなかったのですが、人の脳内を覗いているみたいで面白いし、自分の些細な考えも、言葉で表現できるんだ、と感心しました。 それで、自分も書いてみたくなって、在学中にブログに少しずつ文章を書き溜めたり、あとはニハチ喫茶という喫茶店のフリーペーパーに小さいコラムを書かせてもらったりしていました。

建築学科では、大学院を修了する時にポートフォリオと言って、就活用に自分の作品集を作るのですが、せっかくだしと意気込んで、建築の作品集の他に、自分のエッセイを載せた小さなZINEも作りました。自分で印刷して製本して、端っこを裁断して。大学院生の頃に、友人でアーティストの櫻井園子さんに誘ってもらい、一度ZINEを作ったことがありました。ZINEという言葉を知ったのはその時だったと思います。それから数年後に自分の文章をまとめた、本というか、ZINEというか、自主制作の小冊子をいろいろとつくるようになります。

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大学院を出て、最初に入った会社は設計事務所でした。建築の設計がメインなんですが、ブログを書いて、建築のファンを増やそう!という活動もしている会社でした。偶然ブログを見つけた出版社の方が連絡をくれて、これは本にしましょう、ということで、数年かけて作ったのが、『アニメオタクの一級建築士が建築の面白さを徹底解剖する本。』です。完成する前にぼくは会社を辞めてしまったのですが、その後もフリーで関わればいいよ、と言ってもらい、イラストと一部執筆を担当することができました。先日、台湾でも翻訳版が出版されて、近いうちに韓国版も出ることになりました。

本が発売されてからは、自分の名前が載っている本が本屋に並んでいるというのがうれしくて、毎日本屋に様子を見に行っていました(笑)。あれ、昨日より一冊減ってる!と一喜一憂したりして。いくつかの本屋には、営業もしました。反応はそれぞれでしたが「仙台にゆかりがあるなら多めに注文しますよ」とか「ポップもつけて平積みしましょう」とか、応援してくださる書店さんもいて、うれしかったですね。

建築ダウナーズの活動は、それぞれが個人で別の仕事をしながら、年に数個のペースで進めていたのですが、新型コロナウイルスが落ち着いてきたころから、ダウナーズの仕事が増えてきたので、思い切って設計事務所をやめて、仙台に戻ってきました。仙台に来たら忙しいぞ、と意気込んでいたのですが、それは勘違いで、特に春先は仕事がなくて、暇だったんです。
辞めた直後だし、まあ少しはゆっくりするかと自分を甘やかそうとしていた矢先に、友だちが「東京で文学フリマに申し込んだから一緒に出ようよ」と誘ってくれて、気づいたらZINEをつくることになっていました。その友だちとはポッドキャストを大学時代からやっていたので、100回分くらいの雑談の音声データがあり、自分たちなりに面白かった回を文字起こしして、それを本にまとめてみました。画材屋さんで紙を買い、製本にもこだわって、自分で手縫いしたので多くは作れず、大して売れず、プリンターも買い、新幹線で行き来して、無職同然なのに大赤字。でも文フリに参加して、本を作るのはとにかく面白いし、奥が深い、それを自主的に楽しんでいる大人がこんなにいるのか、と衝撃的で、そこから本作りにハマっていきました。最近は、文学フリマで知り合った方から文章の依頼をしてもらって、寄稿したり、あとは文学フリマ以外にも、紫波や横浜、仙台など他の街での本のイベントに出店もしています。そんな中で、パートナーにも知り合って、本屋をやれたらいいよね、という話が出始めたんです。

最近は物件情報を見たり、時間を見つけて街を歩いているんですが、どうしても街中は家賃が高い。ぼくはイラストや設計の仕事と並行して、パートナーもデザインやリサーチの仕事をしながらになるので、どういうかたちであれば、自分たちの仕事を生かしつつ、地域に開いた場所を作れるか、二人でも話し合って、書店の先輩たちにも相談しながら、場所を探しています。小売店の経験はないけれど、作ることは好きなので、本を作りたい方とか、チラシやポスターをデザイン・印刷したい方が相談に来て、それらを作ったり、そのサポートをしたりできるような場所にもしたいと思っています。

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本が好きな理由は色々とありますが、今回話をすることになって気づいたのは、本はぜんぶ本物であるということです。複製物でありながら、全てが本物。小学生の時に、テレビのバラエティ番組で流れていた「原宿でいま流行っているカフェはここ!」みたいな話題は、盛岡に住んでいる自分には、あまりにも無関係すぎて、寂しかったんですよね。ディズニーランドだって岩手からじゃ遠いし、でも新しいアトラクションがオープンしたことは、全国放送の番組で取り上げられている。好きなバンドも東北のライブは仙台までしか来ないし(笑)。子供ながらに、自分は世界の中心には居ないと感じていたんだと思います。だけど、その時自分が通っていたコープの2階の本コーナーには、発売日に『コロコロコミック』が売っている(盛岡は発売が数日遅い場合もありましたが)。盛岡のコロコロが、東京のコロコロより薄くて面白くない、なんてことはなく、同じクオリティだし同じ値段。しかも好きな場所に持ち運んで、何回でも読める。それがうれしかったんですよね。もちろん本である以上、書店の有無や、経済状況、さまざまな身体の事情もあるし、全ての人に同じ体験をもたらすことができる訳ではないと思います。でもそれでも、本は、比較的どこにいても何回でも本物の作品に触れる機会を与えてくれる、気前が良くてやさしいところが好きです。