染まっている時に、
一人で叩かれながらも
自分の信じているものや信念を
どうやって通すか
みたいなことを考えます。
「せんだい本の生活史」は、仙台、宮城に住む様々な人たちが、これまでどのように本と出会ってきたのか、本との関係をお聞きするインタビューシリーズです。
今回は、仙台市太白区八木山のほぼ天辺に建つ東北朝鮮初中級学校へ伺いました。ここでは朝鮮半島をルーツに持つ子どもたちが、日本の小中学校と同じ教科に加えて、朝鮮語、朝鮮の歴史、文化、芸術を学んでいます。東北朝鮮初中級学校の創立は1965年。昨年60周年を迎えた歴史のある学校です。その図書コーナーでインタビューは始まりました。
お話をお聞きした金成吉(キム・ソンギル)さんは、東北朝鮮初中級学校の卒業生で在日三世です。現在は社労士と行政書士をされています。わたしは2年前にソンギルさんと出会い、自分が朝鮮学校のことも在日の方々のこともまったく知らないままでいたことに気づかされ、今は少しずつ交流を深めているところです。
ソンギルさんはきっと本がお好きだろうなと思っていたら大当たり。さてさて、どんな本がソンギルさんのところへやってきたのでしょう。お楽しみください。(Book! Book! Sendai/前野久美子)
私は東京の朝鮮学校に通ってたんですよ。当時5年生6年生ぐらいの男子が、みんなこぞって横山光輝の「三国志」の漫画を読んでいたんです。なので本のスタートって言えば漫画ですけど、「三国志」ですね。それから歴史の人物伝とか歴史小説をよく読むようになりました。「三国志」は先生の私物だったと思うんですけど、教室の後ろの方に好きに読める感じで本のコーナーがあって、歴史に関するものだから漫画もいいと思って置いてくれたんでしょう。この記憶があるからか、自分の子どもたちにも漫画を勧めていますね。
初めて読んだ小説は中学生に入った頃、姉が買ってきたファンタジー系の小説を読んで、それ以降ですね。お姉さんがとにかく本好きだった。あと、父もよく本を読んでました。自分で買った初めての本というと司馬遼太郎『竜馬がゆく』です。山崎豊子も読んでいました。
中学校からは仙台の朝鮮学校に入って寮生活をしていました。父方の祖父母が青森にいて、両親が引っ越すことになって、青森には朝鮮学校がないので、わたしは仙台の寮に入りました。寮には東北中からやってきた子ども達が集まっていました。
寮生活になって本との付き合いもまた変わりました。図書館へ行ったり、誰かから借りた入りして活字の本を読むようになりました。
一番記憶にあるのは『孟嘗君』(宮城谷昌光)という昔の中国の王様を描いた小説ですね。同級生から「これ読んでみたら」って教えてもらったんです。
寮の娯楽は、テレビが一台だけあって観られる時間が決まっていて、あとは自習時間という勉強する時間。フロアの一番端に先生の部屋があるので、基本的に自由はないという。一部屋3、4人の相部屋で生活していました。共同生活なので、勉強が好きな人嫌いな人、スポーツが得意、不得意とか、いろいろな学生がいました。ゲームはまだなくて本は娯楽の一つになっていて、毎週ジャンプを買って読んでいる人もいました。
その頃になると、朝鮮語の本、朝鮮の歴史書籍もよく読みました。あと、マルクスの『資本論』も置いてあったので読んでみて、これはわかんないなと、3ページくらいで本を閉じました。笑 われわれも根底の母語は日本語なので、本を読むのも日本語の方が読みやすい。ハングルで読めないこともないけど、同じ本を渡されたらスピードは日本語の方が早いですね。
元々民族教育を受けていたので、基礎的な朝鮮から見た歴史観とか民族心とかっていうのはあったんですけど。けっこう生々しい歴史の記述、日本の植民地時代や朝鮮戦争のことを読むことで、かなりリアルになったという気がします。
日本の歴史上の人物で一番共鳴するのが勝海舟です。この人のバランス感覚は、先を見ないとこういうことはできない。あと、『炎立つ』『楡ノ木は残った』なんかも読みましたね。『楡ノ木は残った』については、今、在日朝鮮人社会が全盛期よりはどんどん縮小していくなかで、ある意味それになぞらえて読めるよと、友達に言われて読んだら本当そうだなと。 やっぱり大事なのは心だなみたいなそんな話を友達としました。ずっと何かそういう歴史上の人物たちから刺激を受けてきました。
とくに座右の書といえばこの『上杉鷹山』です。山形の米沢藩の窮乏を救った君主ですね。東北ゆかりだから手に取ったわけではないですが、結果どれも東北にまつわる本でした。
この『ぼくは挑戦人』というのは、ジャグリングの世界チャンピンの方の本です。本名で日本や世界で活躍していて、日本の学校に通っていた経験が語られています。著者のちゃんへんさんに東北朝鮮学校に来ていただき、公演してもらいました。子ども達は大喜びでした。
子供たちにもこの本をいずれ読んでもらいたい。朝鮮人が朝鮮人と名乗っても、いろいろな可能性はあるよ、 普通なんだよということを本を通して学んでほしい。学校でもそういう教育はするんですけど、正面からの正規の教育とは別で、いろんな角度からこういう物語が入ってくるとより良いのかなと思います。
こちらは、逆行するわけではないんですが、この本(なだいなだ『民族という名の宗教』岩波新書)は、いかに人と人が線引きをして争うようになるか語られていて、我々は民族のルーツとか気持ちを大事にしようと育ってきてるんですけど、よくよく考えたら、民族なんて本来ないっていうのをこの本を読んで感じました。たしかに大事なものではあるんだけども、それによって無駄に対立させられたり線引きされたり、優劣付けられたりっていう、そこは一歩冷静に考えなければならないなと感じましたね。
本の買い方は、片っ端からタイトルで気になるのを買う感じです。一回で平気で一万円くらい買ってしまいます。ネットでポチポチッて。笑 そんなに作者の名前を覚えられないです。タイトルでピンときたら買っちゃいます。なので、ビジネス系の本は失敗が多いですね。けっこう実用書も買います。が、読んでからこれが3000円?とか内容が薄かったりというのもあります。
わたしは社労士と行政書士をしています。刻々と法律が変更するのでそちらの専門書もよく買います。外国から来る方の相談も多くて、労働者として来られる方のビザ申請のサポートとか、アパートを借りるとか、役所へ行って手続きをするという仕事が増えました。日本の方も親身な方は多いですが、比較的われわれの方が外国から日本に来て暮らすことについて想像しやすいので、より丁寧にできるということがあるかもしれません。行政書士になってから20年です。経済的に自立するために資格を取ったというのはありますね。それが親世代は焼肉屋だったり、パチンコ屋だったりして、今は職業の幅がだいぶ広がりましたね。就職差別のようなものはだいぶなくなりました。むしろ、ハングルが使えるから有利ということが出てきたりというのも聞きます。
なので、読む本は、個人の趣味的な本と仕事の本と二本柱ですね。鞄のなかにいつも何冊か本が入っていて、趣味の本と仕事の本どちらもごっちゃに入っています。わたし、歩きながら読むんですよね。とくに朝ですね。通勤で地下鉄の中で読んで駅をおりてから会社に行くまで歩きながら読んでいます。歩きスマホならぬ歩き読書。
趣味の本はよくお風呂で読みます。この本は(『西洋の敗北』エマニュエル・トッド)お風呂で読んでいる時に寝落ちして本が水に浸かっちゃって。それも二回。笑 この本もバランス感覚を養うのに役立ちました。それで息子もお父さんの真似してか、お風呂で本を読むようになって、落としてますね漫画を。
読書をするのは知識を得るというのもありますが、在日コリアンの活動って人に連絡して会って人を集めてっていうのがほとんどなので、ときどき一人でこもりたいときって昔からあるんです。活動が嫌なわけではないんですが、本を読むことでバランスをとっているのかもしれません。
『マルティン・ルター』(徳善義和)は、神を信じる心理というのは何か、宗教によって戦争が起きるのはなぜかと思っていた過程で手に取りました。その中で今日この本を持ってきたのは、ルターはかなり宗教改革をした人ですが、既得権益を作ってしまう人に対する注意というか、対応するときの感覚を持っておきたいなと思いが自分にあるからです。もちろん、こんな風にはできないでしょうけど、皆んながそっちの空気に染まっている時に、一人で叩かれながらも自分の信じているものや信念をどうやって通すかみたいなことを考えます。そう思うと、けっこう自分のことと紐づけながら本を読んでいることが多い気がします。