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INTERVIEW
旅を記憶に留めたくて
本を買うことがあります。
この本もある旅のために
手にした本です。
阿部歯科診療所歯科医師 阿部薫子さん

ある本が本屋から誰かの元へ渡り、その後どのように持ち主の生活のなかに存在していたのかを尋ねるインタビューシリーズ、「せんだい本の生活史」の6組目は、仙台市の街なかで歯科医院を営まれている阿部薫子さんです。歯科医一家のもとで生まれ育ち、80年代から90年代のカルチャーを浴びながら大人になった薫子さん。幼い頃に行った仙台の書店のこと、ずっと読んでいた少女漫画の思い出、子育て中に出会ったカメラ雑誌、そして最近買った印象的な本...、人生のときどきに現れる本の話をどうぞお楽しみください。(Book! Book! Sendai/前野久美子)

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私が子供の頃は、全国チェーンの大型書店から住宅地にある個人経営の小さな本屋さんまで、今よりも沢山の書店がありました。これは高山書店のカバーですが、仙台市内に何店舗もありましたね。高校時代の待ち合わせ場所として、仙台駅前東宝ビルの一階にあった高山書店をよく利用した記憶があります。 このオレンジ色のカバーが印象的です。コミック雑誌を購入すると必ずカバーを付けてくれる時代でした。家の中のどこにあってもこのカバーを見れば即座に高山書店だとわかってしまう。書店のカバーが共通した記憶の1つだなんて面白いなぁと思います。 去年の4月に金港堂が閉店したのはとても残念でしたが、茶色い格子柄のブックカバーをかけた本を見たら金港堂を思い出すようになるでしょうね。
父親の実家は東三番町、現在の中央2丁目で歯科医院を開業していました。そこには祖父母と伯父夫婦が住んでいて、小学校一年生になると週末は子供だけで泊まりに行く事が出来るようになりました。夕方になると診療を終えた伯父が散歩に連れて行ってくれて、必ず本屋さんに立ち寄り「一冊選びなさい」と言われるんです。全く本に興味が無く、とくに欲しい本もない、かと言っていらないと言い出す事もできず仕方なく買ってもらい「ここに日付と名前を入れなさい」と言われて、裏表紙を開いて渋々日付と名前を書くのが慣例でした。まだ子供でしたから自分の気持ちを言葉にする事はできませんでしたが、その本にたいした思い入れもないのに名前を入れる事に違和感、というか毎回複雑な気分でいたような気がします。かといって喜んでるふりもできず無表情で名前を書く私を見て、伯父さんも張り合いがないと思っていたのかもしれません。
どんな本を買ってもらったのかは殆ど記憶にないのですが、一冊だけ『地球の不思議』という本の一部は記憶に残っています。子供用の科学を学習する本でイラストが多いという理由で選んだ本でした。昔は地球は平らな地面がずっと続いていて海に囲まれていると思われていた。そして端まで行くと、ストンと海に落ちると考えられていたという内容で、 丸い地面が海に囲まれていて海の先が滝のように上から下へ水が落ちているイラストが書かれていました。沢山買ってもらったのにこの記憶だけ。残念ながらここから地球に興味 を持つわけでもなく同じシリーズの本を欲しがることもしない子供でした。
今持っている本の中で一番古い本がこの『日本の神話』です。これは私が子供の頃に両親が全集で買ってくれた童話シリーズの中の一冊ですが、日本の神話が子供向けに書かれています。「いなばの白うさぎ」「やまたのおろち」など、よく父が枕元でお話をしてくれたのがこのような日本の神話なので懐かしい気分になります。怖い場面はより怖く、残酷な場面はよりリアリティが増すように声に抑揚がつけられ脚色が加えられていました。子供が怖い話を布団の中で聞く事以上に、親に守られている安心感を感じる事は無いのではないでしょうか?そういった自分の子ども時代の経験を思い出してみると子どもへの読み聞かせは、1人の人間の土台を築くための大きな要素になっているのかもしれませんね。

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読書といえば漫画しか読まない私が最初に親にねだったのは月刊誌の『りぼん』。小学2年生の頃です。私の家族には漫画を読む習慣がなく、買ってほしいとはとても言い出しにくい雰囲気だったのですが、あるとき思い切って「りぼんを買ってほしい」と母に言ってみたんですよね。そしたら「いいよ」とあっさり言われて、逆に驚いた記憶があります。 そこで当時連載が始まったばかりの一条ゆかりの「デザイナー」に出会い衝撃を受けました。不遇な生い立ちの16歳の少女、亜美がスーパーモデルとして活躍してるという前半から、交通事故に合いモデルからデザイナーに転身を余儀なくされるという中盤のストーリー、後半は16歳で会社経営という華麗な経歴を持つ亜美の双子の兄の朱鷺の出現と本当の両親の事実と葛藤するという。ホントに小2の子どもに理解できていたの?って思いますが、ドキドキしたりショックを受けたり、嘘であって欲しいなんて思いながら読んだ事を覚えています。亜美の声やファッションショーの音楽、車のエンジン音や街の雑踏音などが自分の中では はっきり聞こえていて夢中になって読みました。実際は紙に書いてある文字なのに表情や動きのある絵と一緒になる事で音まで感じるなんて不思議ですね。今読んでも惹きつけられる作品です。

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『りぼん』の発売日には家の近所のあさひ書房へお小遣いを握りしめて買いに行きました。今はもうありませんが、ご家族でやっている小さな本屋さんでした。本以外にも学校で使う 半紙や墨汁、藁半紙やノートや消しゴムなどの文房具、小学校の名札、冬はミニスキーや 凧、夏は虫取り網や虫かごなどが売っていて、当時の街の本屋さんには、文房具屋さんと雑貨屋さんの両方の側面があって、役割が広かったなぁと思います。

最初にはまった漫画家は一条ゆかりですが、その後に小椋冬美という漫画家がデビューしたんです。それまでは乙女チック路線の陸奥A子やちょっと都会的な田淵由美子が巻頭を飾っていましたが、小椋冬美の出現は私にとって衝撃的でした。絵柄が可愛いうえに真似したくなるようなファッションに憧れて、まるでファッション雑誌を見るような気分で繰り返し読みました。 その後、書道教室に置いてあった『別冊マーガレット』から、くらもちふさこと岩館真理子に出会いました。大学入学と同時に仙台を離れましたが、くらもちふさこの「おしゃべり階段」、岩館真理子の「ガラスの花束にして」は引越しの荷物に入れました。 授業で疲れた時、人間関係に嫌気がさした時など現実逃避用に持っていき、事あるごとに逃避行動に役立てました。 大学時代も授業で使う専門書は別として、さほど本を読まない生活が続きましたが、くらもちふさこと岩館真理子は新作のコミックが出るたびに購入し今でも愛読しています。
最近は娘に勧められた宮崎夏次系をよく読みます。夏次系のよさは言葉で説明するのが難しくて、私の語彙力では無理なので、読めばわかりますとしか言えないですね。真っ暗闇に小さな光を見つけて救われる、という感じでしょうか。 欠点、コンプレックス、悪意、偽善ばかりだと思って諦めたり自分を責めたりしていたら、「もう大丈夫」と誰かが味方になってくれてスッと体の力が抜けるような、そんな本てす。
中学生になると『セブンティーン』、『プチセブン』などのティーン向けの雑誌を読むようになりました。 私は『プチセブン』派でしたが『セブンティーン』派の友達と交換して両方から情報を得ていたと思います。どちらもファッションや美容やアイドルについての情報が掲載されていて、中学生が思春期に入り興味を持ち始めるものが絶妙なバランスで網羅されていました。『プチセブン』には、漫画「ハイティーンブギ」が載っていたのが大きなポイントでした。1980年代はツッパリが幅を利かせてた時代で、猫に不良高校生の制服 を着せた「なめ猫」やガイコツマークの雑貨ブランドの「クリームソーダ」などツッパリキャラクターが大人気だった時代です。ハイティーンブギは暴走族の翔と普通の高校生の桃子の物語なのですが中学生には早すぎるストーリーでしたね。 中学の卒業が近づくとプチセブンも卒業し、高校生になると『mcシスター』、『anan』など のファッション雑誌に興味の対象が移っていきました。シスターのモデルの吉田光希ちゃんを真似したり、『anan』の甲田益也子、くればやし美子のヘアメイクやファッションに憧れたり、学校の教科書は覚えられなくても、「ペッグトップパンツ」「フラッパーヘア」「アシンメトリー」などという単語はすいすい頭に入りました。「ミスマッチ」や「触発される」などの表現もその頃にファッション雑誌から学んだ(!)表現ですね。
ファッション雑誌を読むグループがある一方で、サブカル好きの友人と雑誌『宝島』 『ビックリハウス』なども読んでいました。インディーズバンドの登場で音楽、ファッションなどのサブカルチャーが広がり、より身近になった時代でしたね。宮城でも野外ロックフェス「R&Rオリンピック」が始まって私も友達とスポーツランドSUGOへRCサクセション目当てに行きました。その流れで同級生に誘われてバンドを結成したんです。全員がRCサクセションのファンでしたので、当然のようにRCのコピーバンドを結成しました。ギターはバンドを組んでから練習を始めましたので、本当に行き当たりばったりで下手くそでしたがアンプを通すとそれなりに聴こえるので本人たちは満足していたと思います。 明菜のポニーテールや聖子ちゃんカットの同級生の中で、清志郎になりたい女子高生でしたから、宝島から出版されたRCサクセション『愛し合ってるかい』を熟読し清志郎に近づく努力をしました。例えば、「清志郎は髪は丹頂チックで立てている」と知ればスタイリング剤を求めて薬局に走ったり。
今、自分が親になってこうして思い出してみると、勉強もしないで困った高校生ですね。清志郎は今でも何かと心の支えになってくれています。それは清志郎の書く詞は、私を理解してくれて味方になってくれていると高校生の頃に感じた事が今でもずっと続いているからかなと思います。姿は見えませんが決して裏切らない友達が1人いると、45年間も思わせてくれるなんて高校時代には想像もしていませんでした。話の通じない担任の先生と同い年なのに、私の気持ちを理解してくれるかっこいい清志郎。多感な高校生の頃から還暦まで、本人は死んでしまっても困った時に助けてくれるって思い込ませてくれる。なんてロマンティックなんでしょうね。
大学を卒業して数年間は目白の歯科医院で勤務医として診療し、33歳の時に仙台に戻りました。自宅には父が購読していた『アサヒカメラ』と『日本カメラ』のバックナンバーが揃っていました。 ちょうどその頃、偶然クラシックカメラを手に入れて写真を撮り始めた頃でした。全てマニュアルで、ピントも絞りもシャッタースピードも自分で決める完全マニュアルのオリンパスM-1というカメラです。のちにMのつくモデル名にライカ社からクレームがついたためにOM-1と名前が変わるまでの短い期間だけ使われたM-1というモデル名が珍しいと、父がオーバーホールに出してくれました。その情報に俄然やる気が出て夢中になって写真を撮り始め、カメラ雑誌を読み耽りました。

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『アサヒカメラ』も『日本カメラ』にも巻頭の特集から始まり、今注目の写真家のページ、写真展の紹介、発売されたばかりのカメラの紹介、レンズの比較画像、アマチュアコンテストの入選者の作品紹介が掲載されていました。初心者部門、モノクロ部門、カラー部門、スライド部門、組写真部門などが1位から5位まで毎月発表されているのを見るうち自分も挑戦したいと思うようになったんです。
子供の写真をコンテストに出しては入選に一喜一憂して数年間はカメラとレンズに夢中になりました。写真を始めると使った事のないカメラとレンズが欲しくなります。次々とあらゆるレンズを試してみたくなりますし、あらゆるフィルムを使ってみたくなります。一つあれば十分だとわかっていても欲しくなってしまう、という困った状況の中、カメラ雑誌に「こんなカメラに触りたい」というコラムを書いている赤瀬川原平さんの文章に出会いました。赤瀬川原平さんは現代アートのアーティストであり芥川賞作家という経歴をお持ちです。原平さんを知って、他にも読んでみたくなり芥川賞受賞作品『父が消えた』や、『悩ましき買物』『金属人類学入門』などを読みましたが、どれもユーモアに溢れ、声を出して笑ってしまう文章でした。特に、『悩ましき買物』はカメラ、レンズに代表される一つあれば充分なもの、鞄、筆記用具の類など、あれもこれも収集したい私にとって、大変な慰めになる内容でした。いい大人が自分のお金で買うのに後ろめたさを感じたり、いちいち誰かに背中を押して欲しいなどの描写は、まるで自分の事のようで買物欲を理解してくれる原平さんには感謝しています。
原平さんと言えば『老人力』を読もうとしたら、本の間に小さな紙切れを見つけたんで す。長女が子供の頃に描いたイラストの切れ端が挟んでありました。メルモちゃんとピノコのイラストが描いてあって、メルモちゃんの吹き出しに「桜子にマンガを買わせてあげて」と書いてある。自分で言わずにピノコとメルモちゃんに言わせてるんですね。「買ってあげて」ではなく「買わせてあげて」というのが泣けますね。自分はマンガを読むのに子供には買ってあげなかったのかなぁ。よく覚えてませんが。本を開いた事でこんな可愛いものと再会出来ました。

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最近読んだ本はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』です。飛行機の中で読むために買った本です。飛行機に乗ることは滅多にありませんし、新幹線に乗っても「トランヴェール」くらいしか読まないんですけど、時々旅を記憶に留めたくて本を買うことがあります。この本もある旅のために手にした本です。
一昨年の5月に宮崎に行くことになりました。大学時代の友達が病気になり、5年生存率数%という状況で会いに行くときに買った本なんです。だからすごく思い出深い一冊です。結局その友達は2年後に亡くなってしまったんですが。友達とはLINEのやりとり程度で暫く会っていませんでした。病気になったことは本人から聞いたのですが、だからと言って「じゃあ会いに行くよ」とは言いにくくて。どうしても「生きてるうちに会いに行くね」という意味あいになりますし、自分ならそっとしておいて欲しいかもしれない、などいろんな感情が芽生えて考えすぎて身動きがとれない心境でした。暫く迷っていたら、別の友達から「そういう時は行った方がいいよ」とあっさり言われて、それで行くことにしたんです。
アガサ・クリスティはミステリーですから、こんな時にどうかと思いましたが、むしろそういう事を気にしたくないという感覚があって敢えて選びました。友人が亡くなることを意識したくないあまり、故意にアンハッピーな本を選びたくなったというひねくれた感情です。でもアガサ・クリスティですからすごく面白いだろう、私でも読めるだろうと思いました。旅の間に途中まで読んで、帰ってから最後まで読んで、その後も何回か読んでいます。読むたびに宮崎の友達を思い出すので、この本を選んでよかったと思っています。人が本当の意味で亡くなるのはその人が忘れられた時だと聞いた事があります。だからこの本を読む事で友達を忘れないでいられる、という自分にとって特別な本になりました。

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彫刻家・吉田亜美さんの作品。
薫子さんの娘さんがモデル。