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INTERVIEW
本は、現実世界と
もう一つの世界を繋いでくれます。
現実世界が嫌でも
別の世界があることを教えてくれる。
優生手術被害者ともに歩むみやぎの会 横川ひかりさん

Book! Book! Sendaiのインタビューシリーズ「せんだい本の生活史」4回目は、「優生手術被害者とともに歩むみやぎの会」事務局の横川ひかりさんにお話を聞きしました。幼稚園教諭だったお母様と書店員のお父様のもと、本に囲まれて成長した横川さんは大の本好き。生まれ育った京都という街も本との出会いを豊かにしてくれました。
今は仙台で優生手術被害者の支援に関わっています。2018年1月に強制不妊手術の被害者が国に対して謝罪と補償を求める裁判を起こしました。仙台で始まったこの裁判は、2024年7月に最高裁で全面勝訴し、その後補償法が施行されて被害者への補償と過去の検証が少しずつですが進んでいます。

さて、横川さんはこれまでどんな本と出会ってきて、どのような人生を送ってこられたのでしょう。興味深いお話をたくさん語っていただきました。ごゆっくりどうぞ。(Book! Book! Sendai/前野久美子)

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一番最初にすごく好きだった本は、『とんことり』(筒井頼子 作/林明子 絵)でした。それはよく覚えているんですが、このあいだ母と話していたら『バーバちゃんと とんできたぼうし』もやな、と言われました。実家にはまだどちらも残っていて、『とんことり』は表紙に〈実物見本〉と書かれています。
わたしの父は、京都市内の荒神口にあった小さなキリスト教書店に勤めていました。すごく小さな書店で、社長と父とアルバイトの人がいるくらい。夏休みなど、父が仕事をしている書店に行ってすぐそばの鴨川で遊んだり、2階の休憩室で本を読んで過ごしたこともあります。教科書販売のある繁忙期には母が手伝いに駆り出されて、わたしたちもついて行ったり。そんなわけで、見本の絵本がうちにあったのだと思います。

母は幼稚園教諭で、わたしが生まれるときに辞めていましたが、子どもに読み聞かせるのはとても上手です。毎晩寝る前に「おやすみ劇場」というのがあって、きょうだい1人ずつ選んだお話を読んでもらえるんです。わたしは一番上だったから、たぶん下のきょうだいが生まれる前は一冊じゃなくて何冊も読んでもらっていたと思います。自分が好きだった本はよく覚えてないけど、妹や弟が気に入っていた本のほうが記憶に残っています。
母の読み聞かせは本当にうまくて、たとえば、『ぐりとぐら』のなかで「うたいながらあるいてきました」という場面で、文字で書いてあるところをほんとうに歌うんですよ。 毎回同じメロディだから「ぼくらのなまえはぐりとぐら〜」って、そういう歌があるんだと思っていました。あとは、キャラクターによって声の強さや話し方を変えたりとか。だから物語のなかに真剣に入っていましたね。それが本を好きになった理由のひとつだと思います。5歳くらいになると字が読めるようになるので、自分で読めることがうれしくて、手当たり次第読むようになりました。

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もうひとつ、本をよく読んだ理由は、テレビがない家だったから。教育上の理由からだったんですけど。学校から帰って、近所で遊んでご飯食べて、宿題したらそのあとの時間はやることがない。だから小学生のころは1日1冊以上のペースでずっと読んでいました。布団のなかでも寝るまで本を読んでいるので、「目ぇ悪くなるから、ちゃんと電気スタンドを点けなさい」とよく父に言われていました。
父は、趣味で絵を描く人なんです。いつでもスケッチブックとカメラを持ち歩いていて、旅行に出かけてもスケッチする時間が必ずある。なので、「絵がいい」という理由で本を選んでくることが多い。これは父に誕生日にもらった『サーカス!』というピーター・スピアの絵本。めっちゃカラフルな細かい絵でサーカスの一日を描いています。この『シャチがくる日』という絵本もきれいな絵で。10歳の誕生日プレゼントで、4年生なのに絵本なのって思いますが、話はとても大人っぽいんです。

うちには、両親がもともと持っていた絵本と、わたしたちきょうだいがもらった絵本がありました。それから幼稚園で購入した福音館の『こどものとも』や『かがくのとも』を3人がそれぞれ持って帰ってくるので、毎月、少しずつ増えてくるというのが我が家の本の流れでした。
また、両親がクリスチャンで教会に通っていて、その教会にマリヤ文庫という文庫があり、母がそこのスタッフをしていました。そのころは、土曜日の午前中に幼稚園や学校があって、午後はマリヤ文庫に行って、本を3冊ずつ借りていました。そこでは読み聞かせや工作の時間もあります。文庫の蔵書の3分の2ぐらいは京都市の北図書館から団体貸出で200冊くらい借りていて、それが4ヶ月くらいで入れ替わっていました。なので、毎週のように新しい本と出会えたわけです。小学生になると文庫の本の貸し出しや、入れ替えの作業を手伝ったりもしていました。
学校では、休み時間に周りの子が外に遊びにいっていても、教室で学級文庫の本をずっと読んでいました。高学年になると自分で図書館に行って借りるようにもなりました。住んでいたところが京都市の北の外れなので自転車で片道25分とか30分くらいかけて。坂をのぼった山の上のほうに住んでいたので、学校も遠くて、小学校は歩いて40分、中学校は1時間くらいかかるようなところ。長い通学路では、木苺を食べたり、栗を拾ったり、カラスノエンドウで笛をつくったり、友達とジャンケンしたり石蹴りしたり遊びながら帰っていました。友達と帰っても最後は一人になるので、いま思うと思索の時間になっていたかもしれません。

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基本的に本は借りて読んでいたのですが、母方の祖父からの誕生日プレゼントは必ず本と決まっていました。きょうだい誰かの誕生日のときは3人とも祖父母宅の近くの小さな本屋さんに連れていってくれて、1人ずつ好きな本を選ばせてくれました。年に3回機会があるので、ワイルダーの『大草原の小さな家』シリーズは青い鳥文庫をおじいちゃんに買ってもらって1冊ずつ揃えました。このシリーズは大好きで何回も読んでいて、のちに福音館版と読み比べて、訳者が違うと表現が異なることがあるのだということも知りました。
中学生時代は図書委員をしていて学校の図書室でよく本を借りました。2年の後半からは図書委員長でもあったので、とにかく図書室が居場所でした。とくに灰谷健次郎の『天の瞳』が印象に残っています。今回読み直してみて、自分が好きだったのがわかるなぁ、と。灰谷さんは学校の教員をしていた人で、いろんな子どもがいることや教育現場を変えたいっていう思いがあって書かれた本ですが、その価値観にめちゃくちゃ影響を受けていると感じました。このシリーズは実家にも全巻あるから相当思い入れがあったんでしょうね。たぶん頼んで父の職場で買ってもらったのだと思います。

小学5年生のときにネパールに行って、それが最初の海外旅行だったんです。そのときに、自分は全然世界を知らないなと衝撃を受けて。そりゃそうなんですけど。笑 もっと世界を知らないといけないと思って、6年生から英語を習い始めました。高校は留学できる学校を選んでカナダに1年間留学しました。人口が1000人くらいしかいないちっちゃい田舎町で、町の周りは全部農場みたいな感じで、日本語を話す人が誰もいないという環境でした。どんな本を持っていったか記憶がないのですが、一冊だけ覚えているのは、『智恵子抄』を教会の人からもらったんです。「日本語が読みたくなると思うから」って。『智恵子抄』って、読んでいてしんどいところもあるじゃないですか。だから高校生のわたしは良さがちゃんとわからなかったのですが、確かに日本語が読みたくて何度か読んだのは覚えています。
留学中は読書というより、辞書を引きながら教科書を読むので精一杯。あとはよく書いていました。当時は実家にパソコンもなかったので、エアメールで手紙を送って。ほかに「朝日中学生ウィークリー」の留学生コラムで2ヶ月に1回連載していて、原稿用紙に手書きして、締切に間に合うように町の唯一の郵便局から発送していました。
高校時代は、図書室のほかに、家にあった大人向けの本も読むようになりました。印象深いのは『ソフィーの世界』ですね。登場人物宛に、レバノンに駐留する国連軍で働く父からの手紙が届くのですが、中東での戦争について「どうして同じ神なのに戦っているんだ」というようなことが書かれているくだりがあります。話が前後しますが、中学生の時に、読書感想文を『シンドラーのリスト』で書いたんです。ユダヤ人の虐殺については強い関心がありました。だから、どちらかというと、パレスチナにユダヤ人の国ができてよかったなというイメージを持っていたんです。でも『ソフィーの世界』を読んだときに、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は兄弟宗教みたいなものなのに何で争うの?っていう疑問が書かれていて、読むうちにこれは宗教の問題ではなくて、土地をめぐる問題なんやと知りました。それが中東、とくにパレスチナに関心を持つようになったきっかけだったと思います。

ネパールに行ったことがきっかけで、開発途上国の貧困や、紛争地の難民問題などに興味をもつようにもなりました。大学では国際関係学部に入ります。入学直前の3月にイラク戦争が始まり、中東を抜きに国際関係は語れないという状況でした。当時、ハンチントンの「文明の衝突」論を元に、イラク戦争を西洋とイスラム世界の衝突だととらえる考え方があったんですが、それを批判するマレク・クレポンの『文明の衝突という欺瞞』を読み、印象に残っています。「異なる宗教や文化は衝突する」という考え方に批判的な視点を得られたと思います。
振り返ってみると、子どものときに読んでいた本は、『大草原のちいさな家』や『赤毛のアン』、リンドグレーンとか、外国の子どもたちの生活について書かれているものが多かった。シャーロックホームズとか、アガサ・クリスティーも。そういう、他の地域の人たちの暮らしにたぶん興味があったんでしょうね。先日火星の庭で買った『ロッタちゃんの自転車』も子どものころに読んでました。これはスウェーデンが舞台です。
本は、現実世界ともう一つの世界を繋いでくれます。現実世界が嫌でも別の世界があることを教えてくれる。よく魔法とか魔女とかの本を読んでたんです。あとは、児童文学に出てくる悪魔とか鬼とか、いないかもしれないけどいるかもしれないみたいな存在に興味があります。本の世界ではこっち側の世界とあっち側の世界があいまいな物語もあるじゃないですか。そういうのが好きですね。小学生のころから、梨木香歩の『西の魔女が死んだ』を読んでいたんですが、いまも一番好きな作家は梨木香歩さんです。例えば、『りかさん』という、ほかの人形の物語を見せてくれる力を持った人形の話や、『裏庭』というお屋敷の鏡を通って別の世界に冒険へ行く女の子との話とか。よくあるストーリーなんですけど、子どもの主人公がなんらかのきっかけで別の世界に行っちゃって、そこでいろいろ成長して帰ってくるみたいな、そういう物語が好きで。「ドリトル先生」もそうですね。
就職してからは一人暮らしをして、本屋さんで本を買うようになりました。ジュンク堂や丸善、大垣書店。寺町にあった三月書房とか河原町丸太町の誠光社は近かったのでよく寄りました。本屋という空間が好きなのだと思います。本はどこで買っても同じ値段だから、応援したい本屋で買えって誰かが言ってたのを聞いて、街の本屋に行くようにしています。

大人になってからの大切な1冊は、佐々木中の『切りとれ、あの祈る手を ~〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話~』。すごくざっくり言うと、「読むことは革命」ということが書かれています。当時、仕事には行っていたけれど、休日は部屋にこもって、本と漫画を読むだけで、家事や日常のことから逃避をしていることが多くて。なので、「読むことは革命」という言葉にすごく救われました。いまでもお守りみたいになっている本です。ちなみに、革命っていうのは「読むこと、そして読んでしまったからには、改めざるを得ない、もう後戻りできない」みたいなことだったと思います。
仙台に来たら最初はジュンク堂に寄ってたんですが、その後なくなっちゃって。火星の庭には実は仙台に住む前から行っていたんです。2011年の10月に震災のボランティアで仙台に3週間くらい居たんですけど、日曜日だけ休みで、最後の休みは火星の庭に行ったんです。なんでかというと、友達がダダカンさんの映画を撮っていて仙台に詳しくて、火星の庭はいいよって教えてくれて。春日町のマゼランもよく行くと言ってました。それからもときどき仙台に通っていたから、旅のお供に伊坂幸太郎をよく読んでいました。あと、仙台文学館で支倉常長の展示をしていて、前から好きだった遠藤周作の『侍』があったのを覚えています。展示を見て支倉常長、かわいそうだなと思いました。
2017年に仙台に住むようになってから、東北に関する本をよく読むようになりました。東北の昔話の本を見つけたら買ってますね。魔女が好きだったこととつながるところもあるんですが、東北の昔話は近所のおじいさんやおばあさんの体験として、不思議な存在と出会うみたいな感じで、そこがおもしろいなと思います。とくに小野和子さんの『あいたくて ききたくて 旅にでる』はすごく好きです。なにか不思議な力を持っている人がその辺にいる。鬼についても、悪い鬼じゃないものがいたりする話があって、それが最近までずっと語り継がれていたっていうのもすごいなと思います。わたし自身は本で昔話を読んではいたけれど、親や祖父母から直接聞くという体験はなかったので。『遠野物語』や宮沢賢治を読んでから遠野や花巻に遊びに行けたのも楽しかったです。

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話は変わりますが、この「こどものとも」の『おとうさんといっしょに』は、子どものころに読んで、大人になってから著者に出会ったという本なんです。作者の白石清春さんと息子さんのお話で、一作目は男の子が電動車いすユーザーのお父さんの膝にのって保育園に行く話。二作目は、お父さんと息子が新幹線で神奈川から福島の郡山のおばあちゃんのうちへ行くという内容で、よく読んでもらっていました。大学卒業後、障害者運動に出会って活動するようになります。白石さんは福島の「あいえるの会」という団体で活動していて、東日本大震災後の原発事故で、障害者が避難するためにすごく頑張った人です。それまでも白石さんはとても有名な人で、1977年に脳性まひの人たちの青い芝の会が行なった「川崎バス闘争」で、路線バスを止めて「障害者もバスに乗せろ」ってアクションをした方なんです。それで震災のあと、京都に白石さんを呼んで講演をしてもらったりしているうちに、「あ!白石さんて、子どものときに読んでた、あの白石さんなんや」って、びっくりしました。「幼稚園児のときに読んでたんです」って白石さんに言ったら、おお〜って言われました。
本の生活史ということでいえば、子どものころの本は全部実家に置いてあるんですが、この白石さんの絵本は仙台に持ってきました。こっちのマリヤ文庫を閉館するときにもらってきた灰谷健次郎の『ひとりぼっちの動物園』にも障害がある人のことが出てきます。知的障害のある女の子が学校のバス乗り場に行くために200メートルぐらいをすごい時間をかけて歩いていくという話。今回思い返して気づいたのは、子どものときから読んでいた本には自然に障害者が存在していたこと。『大草原の小さな家』では、主人公のローラのお姉ちゃんが途中で失明するんですけど、目が見えなくなったメアリーに周りのことを説明したり、盲学校まで一緒に汽車に乗って送っていくという描写を読んだりしていました。だからなに、というわけではないけれど、障害者がいることは自然なことで、社会にはいろんな人がいるという価値観が育つのに影響はあったかもしれません。
大学を卒業するときに就職活動がぜんぜんうまくいかなくて、途方に暮れていて。障害者の介助のバイトをしている友達が、そこの団体で事務職員を募集していると教えてくれて、面接に行ったら「いつから来れますか?」って言われて採用になりました。それが日本自立生活センターという障害者の当事者団体でした。それまでまったく障害者運動のことは知らなくて、介助者派遣の事務仕事だと思って入ったら当事者団体だったんですよね。障害者同士でサポートするという。そこでいろいろな障害者と出会って、運動する人たちによって社会が変わっていくんだなと知って、おもしろいなと思いました。
そこで働いているときに東日本大震災がありました。それで、仙台にあった「被災地障害者センターみやぎ」に、職場から派遣されるという形でボランティアに入りました。そのときの出会いを経て、仙台の人と暮らすために移住したんですが、こちらでも障害者運動の活動をしたり、優生保護法の被害者の方たちの支援に関わったりしています。仕事は、耳の聞こえない人が電話をするときの文字通訳者をしていて、8年目になります。なので、障害のある人と関わることが多いですね。
これは新田勲さんという障害者運動でとても有名な方が『足文字は叫ぶ』というタイトルで自費出版をされた本です。地域での介護保障制度を作った人で、すごい闘争をしてきた人なんです。のちに現代書館から出版されています。国会議員の木村英子さんの親分みたいな存在で、介護保障要求者組合という活動をしていました。新田さんは身体障害と発話障害もあるので、意思は足で空中に文字を書いて伝えます。その足文字を介助者が読み取って通訳する。めちゃくちゃ熟練していないとできない通訳です。それで行政とも交渉をしてきた。わたしの小さな自慢は、この本に、新田さんに足でサインをしてもらったこと。足の指にボールペンを挟んで、厚労省のロビーの床に本を置いて書いてもらった。たぶんそんなサインをもらっているのはわたしだけやと思います。笑
『足文字は叫ぶ』は政治闘争というか表向きの活動やたくさんの資料が載っているんですけど、こちらの『愛雪』はプライベートな女性関係のことを赤裸々に綴った本です。新田さんは障害者施設から出たい、そのために地域での介護保障を、というのをずっとやっていた方です。なぜ施設から出たいかっていうと、好きな人と会いたいから。施設にいると門限があったりして会いたいときに自由に会えない、一緒に暮らしたいけどできないことがすごく辛い。新田さんはとてもモテた人なんですよね。でも施設にいることで、けっこう振られちゃうんです。新田さんは都庁前でテントを張ってハンストしたりすごい活動家として知られているけれど、激しい運動のモチベーションが実はここにあったんだということがわかる。人として自由に生きることって、そういうことやんな、というのがよくわかります。この2冊は表裏の関係で、いずれも貴重な本だと思います。

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